空のとびかたプロジェクト

本プロジェクトは、2018年4月に障害者雇用法が改正される事に先駆けて発足する、映画制作プロジェクトです。 「理解」よりも「慣れる」がモットー! 定型と非定型が一緒に楽しめるエンターテイメントを考えています。特に発達障害にスポットを当てて活動しています。

【第5回】空のとびかたプロジェクト オフ会【2017.11.05】

 2017年11月05日(日)、空のとびかたプロジェクト第5回オフ会を開催しました。今回は5名の方が参加してくださいました。

 実は前日と当日合わせて4名のキャンセルがあったのですが、体調不良になりやすい障害者界隈のイベントではよくあることで、むしろ5人も来てくれたという感じです(^▽^;)

13:00~ 自己紹介、茶話会開始

 第5回は、座卓や座布団を用意した後、雑談をしながら参加者が揃うのを待ち、13時を少し過ぎてから開催しました。簡単な自己紹介の後は、また雑談を再開という流れでなんとなく茶話会を始めました。

14:30~ 映像作品の収録会

 今回のオフ会でも映画の収録を行いました。収録前に出演者さまにみてもらうはずだった内部向けの映像をiPadに入れてくるのを忘れてしまったので、今回は未編集の映像の一部をそのままみていただきました。

 その後、収録は無事終わり、これでショートインタビュー3名、ロングインタビュー3名、当初想定していた計6名分のインタビュー映像が揃いました!

 今後の流れを考えて、出演者さまの収録及び募集は今回で終了することにしました。募集終了に関しては別途ページを作って告知しますm(_ _)m

学校でどうしても浮きやすい

 茶話会の最初は話題は『雑談の中で浮きやすい』でした。

 その参加者の話では、小学生と中学生の頃はたまに「変わってるね」と言われる程度で大丈夫だったのに、高校生になってから急にクラスに溶け込めなくなったということでした。私にも同様の体験があり、とても共感できる話でした。

 進級や進学のタイミングは、そういうことが起こりやすいと私は考えています。

いじめ状況になるまでたったの二ヵ月

 小学生の頃の私は、どちらかと言えば道化者で、皆を笑わせるのが好きな方で、自分が茶化されることも周りを茶化すこともあったのですが、中学生になってからその日常が一転しました。周りを茶化すのが好きなグループの的になってしまい、突発的にいじられるばかりの日々が続きました。私は、周りを笑わそうとする人のことが嫌いになっていきました。

 最初の内は一緒に遊んでいた関係だった私からの反応が、ただただ冷めていったせいか、関係が悪化して嫌われてしまい、傍から見ればいじめのような状況にまで悪化していきました。

 入学からここまで、三ヵ月もかかりませんでした。

発達障害だけが原因とは言い難い

 24歳で発達障害のことを知った時は、あの頃は発達障害の特徴があったからいじめられたのか?、と考えたのですが、この時の出来事を振り返っていく内に気が付いたことがありました。

 まず、私が通っていたA小学校から同じ中学校に進学した生徒が極端に少なかったということ。住んでいる地域の関係でたしか10人いるかいないかという人数だったと思います。私とよく遊んでいた友達も別のクラスに行ってしまいました。

 初めから孤立状態だったわけですが、最大の要因は、最も入学者の多かったB小とC小の生徒たちの精神年齢より、私の精神年齢が低すぎたということだと思います。

 当時の私にとって学校の先生は友達の延長的位置にいて、気軽に話しかけられる相手であり、同時に絶対的な存在であり、先生の言うことはなんでもちゃんと聞く、という意識でした。でも他の小学校の生徒は割りと平気で先生の言うことを聞かないことがありました。あと、バイクや車、人気の歌手の話をしたりする様子が、私の目には「不良」という風に映りました。彼らにとっては普通の遊び方も、私にとっては一方を傷つけるよくないものだという印象があったのです。

 学年相応の意識からみて、精神年齢ははかなり低い方だったのではないかと今は考えています。正直、同じ小学校の生徒でも自分は低い方だったは思えるのですが、面白いことをする側に立てていた為か、小学生の頃はそういう目に遭うことはありませんでした。

環境が変わる時は要注意

 進学や進級などで環境が変わる時、自分の言動や調子を、周囲の人や場に合わせる感覚がまだ未発達な人は要注意であると言えます。自分だけが目立ってしまうからです。

 まぁそう言われてもなぜそれがダメなのか、よくわからない人も読んでいると思いますので、私なりに解説しようと思います。

 例えば、映画館で映画をみている時は静かにする、これは当たり前の普通のことですし、みんなが知っていることですよね。

 それと同様に、この社会には「こういう時はこうする」という見えないルールがあるのです。そのルールが標識や注意書きで示されている場合もあれば、隠れてしまっている場合もあります。わからない時は周囲を見渡して、ぱっと見で一番多いパターンを真似すればだいたいの場面で大丈夫です。

周りと同じことが良い理由

 なぜこんなにも周りの場に合わせることが求められるのか、それをさらっと解説します。

 50人いる教室で、騒がしい5人組のグループと、静かにしている44人と、1人で騒いでいる人がいるとします。5人組は少数派ですが5人組というグループです。他の44人はそれぞれ繋がっていませんが、これも静かにしているグループです。

 この2種のグループに対して、1人で騒いでいる人はどこのグループにも属していません。「騒ぐ」という点でやっていることは5人組グループと同じですが、この人だけは1人です。こういう存在が、この社会にとっては厄介な問題なのです。

 あなたが仕事でとても苦労してプログラムを作ったとします。それを50台のパソコンにインストールしなければなりません。ところがパソコンは、OS1という44台、OS2という5台、OS3という1台と、3種に分かれていました。

 OS1(44台)のパソコンには今のプログラムがそのまま使えますが、OS2(5台)とOS3(1台)にインストールする際は、プログラムを書き換える必要がありました。しかもOS2の方は少しだけ書き換えればいいのですが、OS3の方はほとんどを書き換える必要がありました。

 はっきり言ってOS3は、一番台数の多いOS1にインストールする以上に大変な作業で、予定外の残業をすることになり、新たに知識習得をする労力も必要でした。ここまでやっても特別に報酬が増えるわけでもなく、しかもOS3は極一部の人にしか需要がありませんでした。

 ……ね? OS3のパソコンの存在がすごく疎ましいでしょう。せめてOS2みたいに少し書き換えるだけで済ませられないか、と思うでしょう。

 例え話ですが、これが他と違う人が周りから困った存在になってしまう意識の仕組みです。

 ポイントは「あなた一人だけという立場にならないこと、何かのグループに属していること」です。あなたがその状態にいることで、周りがあなただけに割く時間を減らすことができるわけです。

 個性は大事ですが、周りをできるだけ意識することも大事です。これは社会性の話だけではなく、自分で自分の日常を荒らさない為でもあるのです。 

発達障害の原因とは? 障害とは何なのか?

 先日の10月20日、フジテレビの「バイキング」という番組で、発達障害の後天性の研究に触れた内容があり、それが色んな形で話題となりました。

 私が発達障害を知った14~5年前は、生まれつきである先天性という考え方が主流ででしたが、今は後天性の話を抜きに、発達障害のことは考えられない時代となったのです。

 今回のオフ会でも、障害の原因に関する考え方が話題となりました。特にポイントとなった部分に関して、私の考えをお伝えしようと思います。

先天性説に医学的根拠はない

 発達障害は先天性という話ばかりが浸透しているのですが、今のところ先天性を裏付ける医学的根拠はありません。恐らく、当時の研究や当事者の証言から先天性の可能性が指摘できたというだけで、それが当事者や支援側の拡大解釈によって広がってしまったのではないかと私は考えています。

障害が症状を起こしているのではない

 ただの一説、ただの考え方だったはずの話が、あたかも確定情報であるかのように浸透してしまった背景には、「障害」に対する認識の仕方に違いがあるのではないかと私は考えています。

 ケアレスミスや社会性などの習得難……それら一連の症状の診断基準を満たす状態を総称して「自閉症スペクトラム」や「注意欠陥多動性障害」と呼んでおり、更にそれらの診断名を総称して「発達障害」と呼んでいるわけです。

 つまり発達障害を考える上で基準となるのはあくまでも症状なのです「診断基準を満たす症状の状態にいる人を発達障害と呼んでいる」のであって、「発達障害という部位は体のどこにも無い」のです。

 しかし、障害部位が症状を生んでいると考えてしまっている人がいます。どこかに障害部位が"ある"と思える言い方ばかりが多用されてしまった為に、そう思い込んでしまっているのかもしれません。

機会ロストによる経験不足が深刻

 発達障害の特徴としてよく言われるケアレスミスやコミュニケーション難は、特別な訓練により改善することができます。私個人でも自ブログの方で克服法を掲載しています。連日アクセスが止まらない人気記事です。

 しかし、その特徴に振り回されていた期間に習得できなかった他との経験の差が、結果的に社会に対する適応力を下げてしまいます。これこそが本当の障害だと感じるほどに、私はこの「障害が生んだ障害」のことを大きな問題だと思っています。

 子供の頃から多動や社会性の無さといった自分の特徴に振り回され、勉強もろくにできず、人間関係も上手く築けないまま、それでもなんとか大学を卒業したとしましょう。で、大学生の間にそういう障害の症状を克服できたとしましょう。

 これで、普通になれたと言えるでしょうか? 社会に出るまでに間に合ったと言えるでしょうか? いいえ、これが言えないのです。

 障害特徴は克服できても、その人には小学校から大学を出るまでの経験が他の人とは異なります。

 他の人と同じように小学校から大学まで通いましたが、授業の内容は頭に入っておらず、人間関係も築けていません。何も習得できていない、何も経験していない。つまり、その場にいなかったようなものであり、同じ言語で意思疎通ができるというだけで、全く異なる文化で生きてきたも同然の状態にあるわけです。この境遇を障害と言わずになんというのでしょうか。

 では、次は社会性を習得する為に、社会人勉強を始めたとします。ここでどうにもならない問題と直面します。自分が経験を詰んでいる間、他も同じように経験を積んでいくわけです。少なくとも、同世代と同じといえる、いわゆる普通の状態にはなれないと考えなければなりません。

 このように話していくと絶望しか残らないわけですが、周りとは違う経験をしているという点は強みにもなります。勿論、自分の特徴に早めに自覚を持ち、トレーニングに取り組んでおくことで、先に話したような著しい経験の差が起きないようにすることもできるはずです。

 このようなオフ会でのやりとりを通して、「障害」ではなく「症状」と考えることが、今の発達障害の界隈に求められている視点だと私は感じました。

お疲れ様でした!

 予定通17時に撤収しました。今回も退出する際に、オフ会参加の記念品をお渡ししました! 御礼状とチラシと、手作りのステッカーです(^O^)

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(ステッカーとシール)

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(今回の参加者の皆様の名札)

 

 翌年4月の映画公開まで毎月オフ会を開催することにしていましたが、今後の活動に割ける時間を見直し、次回12月のオフ会をもって最後とさせていただくことにしました。

 最後のオフ会の内容はまだ考え中ですが、思い出に残るような素敵な内容にしたいと考えて居ます。

 次回も皆さまのご参加を、お待ちしています!

利用施設

【駒込地域文化創造館 公式サイト】 公益財団法人としま未来文化財団

オフ会の記録

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